お姉ちゃんは、タバコが好きで、茉莉ちゃんとアナちゃんが大好きで、学校をさぼってばかりいて。

でもそれは、お姉ちゃんのほんの一部分の、表面的なことでしかなかった。

私にとって、お姉ちゃんはお姉ちゃん。
お姉ちゃんも、当然同じはずだと思っていた。
でも、そうじゃなかった。

お姉ちゃんにとって私は、ただの妹以上の存在。
私はあの日、それを知ってしまった。

＊

みっちゃんじゃあるまいし、私がお姉ちゃんの持ち物を勝手にあさったことなんて今まで一度もなかった。
だから、あの日記を見つけたのも、ほんの偶然だった。

私はお姉ちゃんに借りた英語の辞書を返そうと思って部屋に入った。
そのとき目に付いたのが、机の上に置いてあった一冊のノートだった。
お姉ちゃんの性格からして、日記なんて想像もつかないから、少しだけ興味が湧いた。

『どんなことが書いてあるんだろう？』

どうせみっちゃんの悪口とかが書きなぐってあるんだろうなぁ、そんなことを考えながらページをめくった。
ちょっとだけ見たら、すぐにやめようと思っていた。
でも、読み始めてすぐに、私は自分の目を疑った。
その内容は、予想していたようなものとは全く違っていた。

日記の中には、みっちゃんも、アナちゃんも、茉莉ちゃんのことも、ほとんど書いていない。

そこには、私のことばかりが書かれていた。

「なにこれ…」

私の細かいしぐさ、お姉ちゃんとの会話、毎日の服装。
日記の書き方は明らかに、私を特別な目で見ているものだった。

「ウソでしょ…」

お姉ちゃんがお風呂からあがってくる音がして、あわてて日記を閉じ、
辞書を持ったまま自分の部屋に逃げ帰った。

息が苦しくて、目の前がチカチカする。
辞書が手から滑り落ち、私はそのまま床に座り込んでしまった。

『ちぃにキスしたい』

日記の一文が頭に焼きついて離れなかった。

＊

「ちぃちゃんさぁ、おねーちゃんと何かあったの？」

その次の日、学校から帰る途中に、不意にみっちゃんが尋ねてきた。

「昨日の晩ごはんのとき、おねえちゃんのこと、無視したらしいじゃん。」
「な、なんでそんなこと知ってるの…？」
「ってことは、やっぱりほんとだったんだね。」
「…うん。」
「ケンカしたわけじゃないんでしょう？」
「…うん。」
「じゃあ、何を怒ってるの？急にどうしちゃったのさ？
理由をちゃんと話してあげないと、おねえちゃんも困っちゃうでしょ？」
「…うん。」

マジメに答えようとしない私に、みっちゃんも立ち止まって肩をすくめた。

「とにかく、早く仲直りしなって。おねえちゃん、すごく落ち込んでたよ。」

日記を読んでしまった私にとって、それは痛いくらいに分かりきっていることだった。

＊

「ちょっといいかな、ちぃ…？」

その日の夜、お姉ちゃんが私の部屋に入ってきた。

「なによ。」

振り返らず机に向かったままペンを動かし続ける私の背中に、
お姉ちゃんが何かを言おうとして、息を吸い込む音が聞こえたけれど、
それが何度も繰り返されるばかりで、いつまで経っても言葉が出てこない。

「…用がないなら出てって。あたし今、宿題で忙しいの。」
「そっか。ごめん。」

振り返らなくても、お姉ちゃんが悲しそうな顔をしているのが分かった。
ドアが閉まった後、私はペンを放り捨てて頭をくしゃくしゃにした。

お姉ちゃんにどう接すればいいのか分からなくて、結局こんなふうに冷たくしてしまう。
みっちゃんに注意されたのに、何も変えられない。

少し冷静になりたくて、私は顔を洗おうと洗面所に行こうとした。
でも、部屋を出るすぐに、お姉ちゃんの部屋の中から変な音が聞こえてきた。

今までに聞いたことがない、心が不安でいっぱいになるような、不快な音。

ドアに耳を押し当てても、なかなか分からなかったけれど、しばらくして、ようやく理解できた。

その不思議な音の正体は、お姉ちゃんが泣いている声だった。

私に嫌われちゃったと思っているんだ。
胸がズキズキ痛んだ。

冷たい水でバシャバシャと顔を洗う。
鏡に映った私の目は真っ赤になって、への字になった口元は、今にも泣きだしそうに歪んでいた。

私はお姉ちゃんが好き。
もちろんそれは、お姉ちゃんが私に抱いている感情とは違う。
だから、好きという気持ちの意味はひとつじゃない。

私は恋愛なんて分からないけど、誰かを好きになるってことは、
きっと自分でもどうにも出来ないことなんだと思う。

お姉ちゃんが私を好きだからといって、何か困ったことがあっただろうか。

そもそも、いつから私を特別な目で見ていたのかさえも分からないくらい、お姉ちゃんはずっと普通だった。
自分の恋心を私に悟られないように、必死に努力していたんだ。

お姉ちゃんは何も悪いことなんかしていない。
悪いのは、勝手に日記を読んだ私のほう。
とにかくそのことを謝らなくちゃいけない。

私は階段を駆け上がり、お姉ちゃんの部屋に向かった。

＊

「もしかしたら、この気持ちをちぃに気付いてほしいって、無意識に思ってたのかも…」

日記を出しっぱなしにしていた理由を、お姉ちゃんはそう表現した。

「もう、隠しても無駄なんだね、ちぃ。」
「…うん。でも…私はおねえちゃんを責めないよ。」
「ありがとう。」
「けどね、これが、いけないことだっていうのは、分かってほしいの。」
「ああ、分かってるさ。」
「分かってないよ。」
「いや、分かってる。これがどれだけ許されないことなのかは、小学生のちぃよりもずっと理解しているよ。」
「それなら…」
「でも、どうしようもないんだ。」
「それじゃダメなんだよ、おねえちゃん…」

泣きそうになる私を、お姉ちゃんはぎゅっと抱きしめた。

「ちぃを愛してる。」

ほっぺに手を添えられて、お姉ちゃんが顔を寄せてきた。
何をしようとしているのか、直感したけれど、私は目を開いたまま動かなかった。

正しいとか、間違っているとか、そんなことは抜きにして、本音は少し嬉しかった。
相手がお姉ちゃんであっても、その胸にある感情は、誰だろうと変わりがない。
キスをしてみて、それが分かった。

「おねえちゃんの口、タバコくさい…」
「じゃあ、禁煙するよ。そしたら、またキスしてもいい？」

私のためなら、タバコなんて簡単にやめてみせる、お姉ちゃんはそう言って胸を張った。

「…考えとく。」

顔を輝かせたお姉ちゃんに、私はぎゅうぎゅう抱きしめられた。

口に残ったタバコの苦い味は、すぐに消えてしまった。

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