目の前に鎮座した大きなどんぶりから立ち上る湯気を、
さながらフェイススチーマーのように浴びながら、
ゆんは横目で隣の恋人のほうに視線をやった。

(デートで女の子をラーメン屋に連れてくるってどうなん…?!)

ゆんの恋人――すなわちはじめ――は、隣でハフハフ言いながらおいしそうに麺を啜っている。

(そらまあ、ラーメンは好物やけど…)

いや本当のところ、ラーメンは大好物だった。
ダイエット中で長らく控えていたせいもあり、
食べたい欲求は普段より強くなっていた。

半ば無意識、もしくは体に染み付いた自動的な動作で、ゆんはいそいそとどんぶりの中に割り箸を入れた。

「あ、おいしい」

一口啜って、思わず感想がこぼれた。

「でしょ〜。ここは評判なんだよ〜」
「うちのために、おいしいお店探しといてくれたん?」
「ん?ま、まあね、そんなとこ」
「ふぅん」

はじめなりに、恋人に喜んでもらおうと気を使っているらしい。
ただ、その方向が少しズレているのは元々の性格からなのか、
ふたなりがさらに拍車を掛けているのか、ゆんには判断が付かなかった。

いずれにしろ、はじめが時折見せるそうした間の抜けた言動は、
がっかりしたり腹が立つどころか、むしろその度に愛情が増してゆく感じがした。

ゆんは、はじめのことが大好きだった。

大好きな人と一緒に過ごす時間は、「不満」という感情とは全くの無縁だ。
しかし、大好きな人が一緒だからこそ、「不安」という感情に駆られることはしばしばあった。

ゆんの場合それはもっぱら自分の容姿、より具体的に言えば自分の体型が理由だった。

ラーメン屋を出て、得体の知れないヒーローショーを見物して、
二人で街中を歩いていて、はじめよりかっこいい女の子とすれ違っても気が付きすらしないのに、
可愛い娘が視界に入ってくると、途端に心がざわつく。

みんな、自分より可愛く見える。
腕や脚を大胆に露出して、きっと自信があるのだろう。

確かに、どの娘も細い。
それと比較して、自分はどうなのだろう。

――紫外線対策。
理由としては十分過ぎるはずだけど。

――ダイエット中だから。
でもそれが本当の理由。

だから、不安になる。

肌を隠すように衣服で覆った自分。
涼しいどころか、暑くて汗をかいているくらいなのに。

嫌な考えを振り払おうと隣を見れば、
そんなときに限ってはじめの顔が、すれ違う女の子のほうを向いていたりする。

「…今の娘、なんで見てたん?」
「えぇ?!み、見てないよ」
「ウソ、絶対見てた」
「み、見てないって!」

見ていたのは間違いない。
でもそれは、あの女の子の頭にコガネムシがくっ付いていたからなのかもしれない。
それなのに否定されると、こちらもついむきになってしまう。

「せやな、確かにめっちゃ可愛い娘やったしい?どうせうちはただのデブやからなあ」
「ど、どうしてそんなこと言うの?!」
「どうしてって、はじめかてほんまはそう思てるんと違う?」
「お、思ってないよ!」
「ほんなら、なんでそう思わないんか、ちゃんと説明して」

ゆんは頬をぷくっと膨らませた。
完全な八つ当たりである。
もちろん分かっていた。
そして、はじめが気の利いた返しなど出来ないことも――

「そ、それは…今のゆんは…すごく…ちょうど良いと言うか…」
「ぜんぜん説明になってない」
「せ、説明は出来るよ、出来るんだけど…人目があるからここでは言えないというか…」
「なんやそれ。何も思い浮かばないんやったら無理せんでええのに」
「いや、だから説明はできる…」
「もうええ。はじめのバカ」

ぶっきらぼうに言うと、はじめが顔を紅潮させ、「う〜〜!」と唸った。
どうやら珍しく、本気で怒ったらしい。
その子供っぽい反応をゆんは内心で可愛いと思ったが、
心の中ではそれより遥かに、自分の放った乱暴な言葉を後悔する感情のほうが大きかった。

「ちょっと来て!」

はじめはゆんの手を握り、ぐいぐい引っ張った。

「な、何?」
「説明するから!」
「はい?」
「ちゃんと説明するから、説明出来る場所に行こう!」
「わ、分からんわ、どこ行く気?」
「いいから一緒に来て!」

負い目がある故、さしたる抵抗も出来ぬまま、ゆんは連れて行かれた。

(本当にどこ行くんやろ…)

あまり良くない想像が色々と膨らんだものの――

(な、なんや、人目の無い場所ってこういうことか…)

目的地に到着したら力が抜けた。
ゆんが連れて来られたのは何て事のない、ただのラブホテルだった。
内心ホッとしながら中に入ると、先ほどまでの強気が少し戻ってきた。

「も、もう、はじめったら何よ、いきなりこんなとこ…。
悪いけど、うち今日はそういう気分やないから…」

そう言い終るより先に、ゆんはベッドに押し倒された。

「い、いや、離して!」
「ダメだよ、離さない」
「なんで!」
「だってまだ、私の“説明”を聞いてもらってないもん」

――説明?

(あ、そうやった…)

てっきり襲われるものと、型通りの抵抗を開始した矢先に、また拍子抜けをする。
はじめの一言で冷静になり、もう言い返す気が失せた。

ただ幸いな事に、気まずい沈黙にはならなかった。
間髪入れずにはじめがまくし立てたからだ。

「『今のゆんでちょうどいい』ってのも、
『人目があるから言えない』っていうのも、
何も思い浮かばないからごまかそうとしたんじゃなくて、
全部本当の事だから、ウソなんて言ってないの、信じて欲しい!」

「う、うん…」

ゆんは気圧され気味に肯いた。
痩せなくてよい理由など自分には何も思い浮かばないから、
はじめが何を言うのかも全く予想が付かなかった。

(な、何を言われるんやろう…?)

なんだか怖い話を聴かされるような心境で身構えると、はじめはすぐに語りだした。

「ゆんの体は、フワフワで柔らかくて、肌もモチモチだし、
ぎゅーって抱きしめると幸せな気分になるっていうか、すごく気持ちいいっていうか、
こんなふに『押し倒したい』って思ってるの、いつも我慢してるくらいで、
とにかくそれくらい、ゆんは魅力的なんだよ?」

あくまで真面目に、小学生の作文朗読レベルで、
“変態の中年がぽっちゃりぎみの娘を口説いている”ようなしょうもない内容を、
はじめは一生懸命になって説明してみせた。

「な、な、何言うてるのよ…」

ゆんはたちまち赤面し、顔の下半分を両手で覆った。

(そんなこと思ってたん…?!)

内容もさることながら、さらに驚いたのは――

(え、てかもう終わり…?!)

ひとしきりまくし立て終わると、はじめは満足げに黙ってしまった。
もったいぶった割りになんとあっけない。
変態の中年だって、この数十倍は熱心に口説き続けるだろうに。

(こ、こんなん…うちが『ラーメン好きな理由』を説明するんよりひどいわ…)

恥ずかしいやらおかしいやらで本当に困った。

(せやけど…)

はじめの気持ちは十分に伝わってきた。
もっと上手く言葉にまとめられるのなら、はじめだってそうしたいのかもしれない。
容易に想像出来る心情を察すると、不器用な恋人への愛おしさがこみ上げてきた。

「…あ、ありがとう、はじめ…」

ゆんは自然にお礼を述べた。
決して、“間が持たないから無難にごまかした”のではない。
正直に言って、それなりに嬉しかったのだ。
それはもう、自分でもおかしくなってしまうくらい。

体を起こし、はじめにキスしてから耳元で「ごめんね」と囁いた。
はじめは律儀に「私のほうこそ…」と言いかけるのを遮り、ゆんはまたキスをした。

「ねぇ、このままエッチする…?」

甘えた声で問いかけるゆんは、はじめから見て恐ろしく妖艶だった。
先ほどラーメン屋で汗ばみながら替え玉を注文していた可愛い姿を鮮明に記憶している分、
余計に興奮し、たまらない気持ちになった。

とは言え、興奮しているのはゆんも同じだった。

二人は裸になり、後は互いの口を吸い合いながら、動物の交尾と変わらない状態になった。

1秒間に3回として、1分で180回。
1万回に達するまではおよそ56分。

普段からはじめのエッチは激しいほうだが、
この日のピストンは回数も時間も普段の数割増で、
腰に万歩計を付けたら冗談ではなく5桁に達したのではないかと思うほどの激しさだった。

裸になって小一時間後、ゆんは“座礁した小型クジラ”のような有様でベッドに横たわっていた。
はじめは先にシャワーを浴びている。

(めっちゃ気持ち良かった…)

つい先ほどまではじめの背中にしがみ付いていた手のひらには、汗の感触が残っている。

――エッチはすごく良い運動になるらしい。

(もしかして、これがうちに一番合ってるダイエット法かも…)

しかし実際のところ、ひたすら腰を振っていたのは、はじめのほうであり、
ゆんは突かれるたび変な声を出していただけに過ぎない。

(あー、やっぱぜんぜんあかんわ…)

思わず声に出して笑ってしまう。

「まあ、でもええか…」

体重はさておき、心はすっかり軽かった。

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